「障害」から「依存症」へ

 私たちの言葉には「正しい」という単語がある。でも正しいと思われていることが、本当に正しいかどうかは誰にもわからない。昔は正しいと思われていたことが、後に間違いであることが明らかになった例なんていくらでもあるし、逆もしかりだ。
 ただ、どのような分野においても、「一貫性」は正しさの証として利用されている。それは、この社会を維持させていく為に人々が利用する「機能」である。

 発達障害を改善させる上で柱になることが、「障害」という認識から脱却し、「依存症」としてあつかうことだと私は考える。

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 依存症は「衝動性」と「麻痺」の面に分けられる。これも発達障害の症状と同じである。発達障害者の特徴に挙げられる「1つのことに対するこだわり」や「衝動性」といった症状も「依存症」の輪郭そのものである。

 依存症はその要因を遠ざけることが治療の要である。これも発達障害の症状と同じである。発達障害は「言葉の依存症」であり、言葉を遠ざけ、使用量を減らすことにより症状は改善に向かう。その対策は早ければ早いほど良い。なぜなら後遺症としての課題が増えるからだ。

 依存症は生活の過程で抱えるものと思われがちだが、統計的には遺伝すると考えられている。これは一部のとんでも専門家が吹聴している説ではなく、医学のスタンダートな解答例である。「生まれた時点で依存症のなにかを抱えている状態」がありえるのだ。これで発達障害の先天性説も後天性説もカバーできる。

 そして、頑張れば克服できる。そこが「治せない」という呪いを背負った「障害」との決定的な違いである。

 このように依存症に関する知識、それも一般常識程度のことさえ知っていれば、それだけで発達障害の原因から改善法、再発予防の対策まで、一貫性を持たせて考えることができるのだ。

 しかし、この時代はもう「発達障害=治せない障害」という固定観念が広く根強く定着してしまっている。それが発達障害を改善させる上で立ちはだかる最大の壁なのだ。

 

「障害は社会にある」

 私はこの言葉が嫌いだ。
 この言葉が使われる時、その「社会」の中にはいつも、「当事者」が入っていない。



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