絵師である恋人と二人で絵本作家を目指すことになり、物書きへの道を手探りで歩き始めた時、私が最初の目標にしたことが、〝どこでもいいから小説大賞でなにかの賞を取ること〟でした。
この当時の私は、発達障害に関してはちゃんとした診察を受けられないまま、障害の有無を否定されてしまったグレーゾーンの立場でしたが、障害症状の自覚はありましたし、それを改善できた自信もありました。診断上の障害の有無はうやむやのままであるとしても、今の自分はちゃんとコミュニケーションが取れている状態であることについて、なんらかの証が必要だと思いました。その証はこの先生きていく上で、この症状を抱えていた者、改善した者として、どこかで必要になると考えました。
しかし診断はもう得られないので、その代替手段としたのが小説大賞で賞を取ることだったのです。
私は学校の教科書でさえ行を追って文章を読むことが大変だったので、小説もろくに読まずに生きてきた人でしたが、コミュニケーション感覚がおかしな人に〝ちゃんとした小説〟は書けないことくらいはわかりました。
もし私のコミュニケーション感覚がおかしなものでしたら、小説内の情報や登場人物同士の会話内容も、作品の意図ではない意味でおかしなものになり、魅力がないものになるはずです。
だから、賞を取れればそこはクリアしていると判断できる=コミュニケーション力がある証になる、と考えたのです。
そうしてネットの創作投稿サイトに小説を掲載するようになったのですが、読者さんからいただいた感想を読んでいる内に、コミュ力云々は十分に普通レベルであると判断できた為、賞を目指す気持ちは逸れていきました。「会話の流れがおかしい」とか「登場人物がコミュ障だ」とか、そんな指摘は誰からもありませんでしたからね。
それでも数年は頑張って取り組みましたし、一度とある大賞にも応募しました。そしたら見事に……下読み落ちでした(笑)